「余生短し恋せよバイク」リターンライダー鎮魂歌

リベンジ!「乗るか乗らないか」悩むリターンライダー

今年も罹った‼️季節性インフルエンザ並みの感染力【バイク欲しい病】

アルツハイマー病, 男, 肖像画, 顔, 絶望, 認知症, 時計, テストを見る

昨年の5月に罹って以来、しばらく落ち着いていた【バイク欲しい病】が、ここに来て再発した。

 

真夏に罹るのは久しぶりだ…

いつもなら季節の変わり目によく罹るのだが、今年に限っては暑さ真っ盛りの8月だ。

 

初春、初夏と上手く乗り切れたので、今年は大丈夫かなと思っていた矢先、今年もこの【バイク欲しい病】に罹ってしまった(笑)

理由①短足でもイケるオフロードバイクとの出会い

CRF250L|Honda公式サイト

CRF250Lというバイクをご存知だろうか?

世界のホンダ様がリリースしている、今となっては数少ない純然たるオフロードバイクだ。

ここ数週間、このCRF250Lが気になって仕方がない。

いや、むしろ欲しいのだ!

 

何がキッカケで、コイツが気になり始めたかと考えてみた。

そもそもはここ一年、ずっとモンキー125を購入しようと密かに企んでいた。

というのも、昨年より始めたキャンプに絶賛ハマっているのだが「モンキーでキャンプも良いなぁ」なんて思っていたからだ。

Monkey125 | Honda公式サイト

それがここにきて、モンキー125ではなくCRF250Lに心変わりしたのには理由がある。

このホンダCRF250Lには〈s〉有りと無しがある。

当然、ホンダフリークやオフロードバイク好きの方ならご存知だろうが、自称バイク好きの私は最近になって知った。

いや、正確に言うなら知ってはいたのだけれど、〈s〉無しのCRF250Lは私のような3Tスペックの人間でも乗れる(足が着く)ことに気が付いたのだ。

※3T=低身長・短足・短腕

 

元々はセロー250と、モンキー125で悩んでいた私は目から鱗。

セロー250は、惜しまれつつ廃盤になって諦めていたところに、CRF250Lが対抗馬として急浮上してきたという訳だ。

 

理由②頭がデカくてヘルメットが似合わない問題解決⁉️

EX-ZERO | FULL-FACE HELMET|ヘルメット SHOEI

実は私は頭が大きい…

顔は小さいのだが、後頭部が大きく、Lサイズでも30分も被っていればコメカミが痛くなるレベル。

かといってLLサイズだと、見た目がドラえもんレベルで被る気も失せる。

 

若い頃は、ヘルメットを被った時のフォルムが何より大切だったので、無理矢理Mサイズを被っていた時期もあったが、当然バイクに乗るのが億劫になるという、本末転倒な結果で終わったのを覚えている。

 

フルフェイスヘルメットに嫌われた私が次に選んだのが、ハーフヘルメットだ。

勿論ヘルメットに合わせて乗っていたバイクはハーレー…

 

もはや快適なバイクライフを送るために、バイクに似合うヘルメットを被るのではなく、快適なヘルメットに似合うバイクを買うという暴挙に出たのだ。

 

ハーレー自体は昔から憧れのバイクではあったが、自分のライフスタイルにも合わず、ましてや、ハーフヘルメットの快適さと引き換えに享受しなければいけない危険は、私にとって耐え難い怖さだった。

結果、この時もバイクとヘルメットを売ってしまった…

 

そんなヘルメットから見放された私に朗報が!

同僚のバイク乗りが被っていたショーエイのEX-ZEROを被らせてもらってビックリ!

このヘルメットのなんと軽い事よ、ハーフヘルメット並みとは言わないが、フルフェイスヘルメットの中ではかなり軽量なのではないかと思う。

さらに、私の大きな頭をもってしても窮屈さを感じない絶妙なフィット感!

最近のヘルメット事情が、ここまで進化しているとは思わなかった。

 

しかも、このEX-ZERO、見た目もレトロでお洒落だし、バイザーとゴーグルを組み合わせれば、アメリカのダートラレーサーを彷彿とさせるフォルムに仕上がっている。

(ジャギや雑魚キャラに見えなくもないが…)

 

まあ何にしても、被ると頭が痛くなる問題を解決してくれそうなヘルメットに出会ってしまったということだ。

 

理由③金銭的に少しゆとりが出来た

時計, お金, 成長, 育つ, 時間, 時間管理, 財務管理, 概念, 考え

バイクは金がかかる乗り物だ。

なにせ殆どのユーザーがクルマとの両所有だからだ。

 

通勤や買い物、冠婚葬祭もデートもバイクという強者なら、バイクはコストパフォーマンスに優れた乗り物である。

だが、クルマとバイクを両方所有するとなると、それなりのゆとりがある人でないと長続きしない。

かくゆう私も、乗り続けるのことが金銭的に困難になり、バイクを手放した経験は数知れない。

 

バイクは買えども、週に一度乗るか乗らないかくらいの使用頻度の乗り物としては、あまりにコスパが悪いのだ。

かといって、クルマを手放してバイク一辺倒で暮らすほどの気概は、もはや持ち合わせてはいない。

 

ともすれば、バイクを買うだけの余力を持つことは出来ても、下手すれば月に一度乗るか乗らないかも知れないモビリティに、金銭を払い続ける余裕は気持ち的に持てなくなってきたという事だろう。

 

とはいえ、とりあえず子どもの養育費にもめどが経ちつつある我が家の暮らしにも、ささやかながらもバイクを買うだけのゆとりが出来てきたのだ。

 

理由④年々衰える体力との睨み合い

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若いうちは気付かなかった。

年齢を重ねても、バイクに乗るくらいなら何とかなると思っていた。

 

バイクが若者の特権とは思わないし、リターンライダーが40代より上の世代が多いことも知っている。

しかし、バイクに乗れる時間は限られている。

「一生俺はバイクに乗る」と公言していたあの頃が懐かしい。

「バイクに乗り続けるのは難しい」という言葉に、反感を持っていた私はどこへ行ってしまったのだろう。

 

年齢を重ね環境が変われば人は変わっていくものなのかも知れない。そんな当たり前のことに気付いたのは子供が産まれてからだっただろうか…

 

バイクに乗るために必要なモノはお金と時間と体力だ。

アラフィフにもなれば、お金と時間は段々何とかなってくる。

しかし、体力だけはどうにもならない。

無論、筋トレやストレッチ、ランニングなど基礎運動は欠かさないが、それでも衰える動体視力や反射神経はどうにもならない。

 

同じ年代の人より体力があると自慢するのは簡単だが、だからといってバイクに乗ることと同義ではないのだ。

16歳で免許を取って乗り回していたあの頃と、訪れるであろう60歳、70歳の身体とでは、トレーニングしてどうこうなる問題ではないのだ。

 

そう「私はあと何年バイクに乗れるのか?」

これが年齢を重ねていくライダーにとって、もっとも重大な問題なのだ。

 

あとがき

女の子, バイク, ファッション, オートバイ, モデル, 女性, ポーズ

さてさて、今回の流行り病も無事に治るのか、はたまた拗らせてバイクに乗ってしまうのかはまだ分からない。

しかし、アラフィフになった私が言えることは、残されたライダーとしてのタイムリミットは有限であるし「いつ乗るのか?」が重要な問題だ。

 

若い頃は時間と体力は有り余っていたが、お金はなく情熱でバイクに乗っていた、

そして歳を重ねる毎に、時間と引き換えにお金や家族を手に入れ、バイクは流行り病と自分を言い聞かせた。

次に歳を重ねると、時間とお金にはゆとりは持てるようになったが、若い頃のようにバイクを操れる体力を失った自分に気が付いた。

 

だからこそ、皆「ここが最後のチャンス」と思い、リターンライダーになるのだろう。

そしてそう思うのが、やり残した情熱を頼りに、残された時間を見つめ直す40代以上の世代が多いのはそういう理由からなのだろう。

 

自分がアラフィフになって改めて思う今日この頃だ。

 

おっさん再燃!アニメ#スーパーカブを観て思い出した「バイクがあればどこまでも自由に行ける」という気持ち

最近Twitterで見かける「#スーパーカブ面白い」というツイート。

気になってGoogleさんに問い合わせてみたところ、なんだか【ゆるキャン△】を真似たようなキャピキャピした絵面に辟易、それ以上足を踏み込まずにいた。

 

スーパーカブというアニメの存在を知って1ヶ月。

私がフォローしているカブ乗りの方が、アニメの放送日に「今日はスーパーカブの放送日!楽しみです♪」と毎回ツイートするもんだから、何となく「そこまで推すならちょっと観てみるか」とYouTubeで初めて第一話を観てみた。

 

タイトルからしてヤバかった

第1話のタイトルは【#1 ないないの女の子】

「ゆるキャン△みたいな感じかな?」と思って観たら、あまりのシュールさにビックリだ!

日本映画のようなカット割と、まるで自分が中学生の頃に感じていた孤独感のような出だしのテロップに完落ちした。

気づいた時には5話まで一気見してた🤣

 

「親は居ない、お金もない、趣味もないし、友達と呼べる人も将来の目標もない」そんな主人公の暗い生い立ちを、エピローグからぶっ込んできたこのアニメ スーパーカブは、絵面からは想像出来ない不思議な感覚にさせられる作品だった。

 

5話まで一気見して思い出した青春時代

「今よりも、空が高くて雨の温度を感じることが出来たあの頃」

「初めてバイクに跨った時のドキドキ間とワクワク感」

「今まで貯めたお小遣いで買った初めてのバイク、磨いては眺めて悦に入る毎日」

「自転車では感じることの出来なかった"バイクがあればどこまでも自由に行ける"と思っていたあの頃」

 

そういうのを忘れていた自分に気が付いた。

 

いつからドキドキしなくなったのだろう

後ろから追い抜かれるのが嫌で原付から125cc、より速くより遠くに行きたくて大型バイクに跨るようになった。

そして、あの頃の気持ちはもう無くなっていた。

 

気が付いた頃には、グリップヒーターやETCを付けバイクに乗ることに快適性能を求め、ヘルメットやグローブ、ウェアやブーツなども安全性や機能性を求めるようになっていたのだ。

 

「より速く、より遠くに」「より快適に、より安全に」は、バイク乗りなら必ず求めてしまうものだが、「バイクが楽しい」と、必ずしもイコールではないと気づいた頃にはバイクを降りていた。

 

アニメ スーパーカブを観て「あの頃」を取り戻す方法を見つけた

原点は50ccなのかも知れない。

30km制限も2段階右折も守ったこともなければやったこともないが、何かと不自由が多い原付こそ私のアナザースカイなのだ。

 

スピードが出せない=幹線道路で目的地まで最短距離では行けない。トラックやクルマに追い抜かれて恐い思いをする、だからこそクルマ通りの少ない地元の道路や裏道をトコトコ走る。

つまり寄り道、裏道だらけの珍道中こそがバイクの醍醐味だったのだと気が付いた。

 

夕方の路地裏を走れば、何処そことなく香る夕飯の匂いに郷愁の思いをかき立てられ。

クルマ通りがほとんどない橋の上で、川を眺めては幼き日に想いを馳せる。

そんな時間をもてるのは、幹線道路をビュンビュン飛ばして目的地に辿り着けてしまうビックバイクでは手に入らない。

 

早く大人になりたいと願った学生時代。けれども大人になってみたら不自由で窮屈な毎日だった。

学生時代よりやれることも増え行動範囲も広がったはずなのに、引き換えに自由を失ってしまったようだ。

 

「より速く、より遠くに」「より快適に、より安全に」暮らせる生活を手に入れたはずが、学生時代を羨むのだから仕方がない。

 

全てが不自由だと思い込んでいた学生時代。

今にして思えばこの不自由さこそが自由だったのだ。

 

じゃあ「原付バイクを買うか?」と言われれば答えはNOだ

時代が1980代後半から1990年代前半なら原付、つまり50ccに乗るという選択肢もあったであろうが、令和において原付を選ぶという選択肢はほぼ皆無だ。

 

というのも、マニュアル設定のある原付がどのメーカーからも販売されていないのだ。

遠心クラッチ採用のホンダ スーパーカブが、かろうじてマニュアルと呼べて尚且つ欲しいと思えるバイクだろうか。

でもクラッチがないのはどうにもしっくりこない。

そう、現代では原付2種、つまり小型限定二輪バイククラスからしかハンドマニュアル車がないのだ。

 

買うべきは原付2種

原付2種クラスになると選択肢は一気に増える。| グロム|CB125R|モンキー125 | GSX-R125|GSX-S125 | Z125プロ | この他にもパイルダー125やスクランブラー125など、海外製も含めるとその数は昭和の原付ブームを彷彿させるラインナップだ。

 

個人的には、来年の夏頃に発売されるかも知れないダックス125か新型モンキー125が最有力候補だ。

 

このクラスなら、一部の車種を除いて原付に毛が生えたくらいの車格だし、なにより30km制限や2段階右折といった煩わしさからも解放される。

 

「バイクがあればどこまでも自由に行ける」自由さとは、速さや快適さだけを指すのではなく「気ままに停車が出来て、簡単にUターンが出来る」ことなのだ。 

その上で、アクセルを捻れば人の力以上のパワーと、ガソリンさえあれば遠くまで進めるクルージング力が大切なだけなのだ。

 

もし原付2種を手にすることが出来たなら、アニメ スーパーカブの主人公と同じように、バイクに乗り始めた頃の「あの頃の空と風」を感じることが出来るかも知れない。

冬の到来!寒さと共に【冷めるバイク熱】バイクが欲しくなる季節とは?

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どのバイクにしようか、あれこれウダウダと考えていたらいつの間にか冬が来て、年も明けてしまった💦

 

ラニーニャの影響なのか、寒波の津波であれほど欲しがったバイク熱も今は影を潜め、クルマの暖房がありがたい軟弱ライダーに変身だ。

 

 

バイク乗りは冬が嫌い?

革ジャンに身を包んで、キンとした張り詰めた空気の中を走るのは嫌いではないが、暖房の効いた部屋でヌクヌクとしていると、アレコレ着込んでまで「バイクに乗りたい」という気持ちは消えてしまった自分に気付いた。

 

バイク乗りは知っている。冬の凍てついた空気の中を走り抜けるからこそ、春の日差しの暖かさに生きている喜びを感じることを。

 

凍える指先をグローブ越しにエンジンの熱で温め、冷えた体には熱いコーヒーを飲み込んで走り切る。冬の寒さも悪くないと思う瞬間だ。

 

しかし、もはや40も半ばを過ぎたおっさん。老体にこの寒さは堪えるというもの。春夏秋冬、季節に体を合わせてバイクに乗っていたあの頃とは違うのだ。

 

春に向かう寒さと冬に向かう寒さ

何も寒いのが嫌いと言うわけではない。

寒さには実は2種類ある。春に向かう寒さと冬に向かう寒さだ。

おそらく気温的には、どちらも同じ温度で寒いことには違いはない。ところが、春に向う寒さと冬に向かう寒さでは、体の反応が細胞レベルで違ってくる。

冬に向かう寒さは、暗く冷たく心の芯まで冷え冷えするのに対して、春には向かう寒さは、体が受ける寒さは一緒でも、心の奥底には暖かい春の日差しが差しているのだ。

 

その証拠に、今までバイクを購入した時期は、8割以上が2月か3月なのだ。

 

バイクが気持ちいい季節と言うと、夏を思い浮かべる人が多いだろう。

確かに、夏は夏でうだるような暑さの中を走り抜けるのも、自虐的で気持ちが良いのだが、私が1年を通して1番気持ちいいと思う時期は、春に向かって動き出した寒さ残る初春だ。

 

この時期は、冬のキンとした張り詰めた空気の中に、ポカポカとした春の日差しを体で感じることが出来る。そして、うっすらと新芽が芽吹きだした春の匂いを嗅ぎながら走れる最高に気持ちの良い季節だ。

 

春から夏にかけて

初春から春にかけては、気持ちは晴れやかでも体には寒さが残る。

それに比べて春から夏にかけての季節は、まさにバイク乗りとって最も過ごしやすい季節ではないだろうか。

 

薄手のジャケットを羽織って、新緑も鮮やかな峠道を走っていると、子供の頃に走り回っていた田んぼのあぜ道や、春の風が通り抜ける裏山を思い出す。

 

バイクに乗っていると、肌で感じる太陽の暖かさや、風の匂いでふと郷愁の思いに駆られる。

バイクを降りて早5年、それでも未だにバイクに乗りたいという気持ちが燻り続けるのは、この郷愁に駆られたい思いからかも知れない。

 

そんな気持ちにさせてくれる季節が、まさにこの春から夏にかけてだ。

 

夏から冬にかけて

毎年記録を更新する酷暑。

二昔前なら何とか乗れていた夏場も、温暖化の影響で猛暑日にバイクに乗ることは自殺行為であり熱中症との戦いだ。

 

そして、残暑も終わると短くなった秋はあっという間に過ぎ去り、冬に向かう寒さの到来だ。

 

つまり、バイク乗りにとって最もバイクが欲しくなる季節とは、初春から初夏にかけてであって、夏を迎える頃にはボルテージは最高潮に達し、夏から冬にかけてはその熱は萎んだ風船のように冷めていくのだ。

 

そんなルーティーンを、ここ5年ほど繰り返してきたが、去年の夏から冬となった今のこの時期がもっともボルテージが下がっているタイミングだ。

そしてあと1ヵ月もすればまた、心の奥底に秘めたバイク熱の灯が再燃することだろう。

「買うべきか?買わざるべきか?」踏ん切りがつかない【バイク再購入】

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ここ数年、再びバイクを買うべきか買わざるべきか悩んでいる。

ホンダCB1100exを手放してから、かれこれ5年くらい経つだろうか 

 

・買っては売り、売っては買いを繰り返しバイク貧乏。

・体力の衰えから「また乗らなくなるのでは?」

・ケガや死亡リスクが頭をよぎり愉しみ切れない。

 

再びバイクを買っても、これら乗らなくなる連鎖に取り込まれ、また「バイクを手放してしまう」のが怖いのにだ。

 

 

 

バイクはお金が掛かる?

「持つ者」と「持たざる者」で比較するなら、当然バイクはお金が掛かる乗り物。

クルマが必要経費なら、バイクは間違いなく嗜好品費だ。

クルマとバイクのどちらか片方を所有するなら、税金や駐車場代が安い「バイク側」に軍配は上がるが、ほとんどのバイク乗りはクルマも所有している。

生活に必要のない乗り物を所有している時点で、バイクは相対的にお金が掛かると言っても過言ではない。

 

バイクを乗るということは、バイク本体の費用だけでは済まない。

 

・ヘルメットやグローブなどウェア類

・サイドバックやリュックなどデイパック類

・キーホルダーや財布など小物類

・マフラーやハンドルなどカスタム類

 

ヘルメットさえあれば走ることに支障はないが、出来ることならこだわりのギアに身を包んで格好つけたいというもの。

アレコレ揃えていくと、50ccバイクくらいなら簡単に買えてしまう金額になってしまう。

 

とは言え、拘りだしたらキリがないのも「バイク沼」の愉しさだ。

 

 

安全性が担保されてない?

不思議なもので、バイクを降りると「バイクがもたらす喜び」しか思い出さない。

しかし、いざバイクを買って乗り始めると、バイクの安全性の低さにビビってしまう。

 

・じわじわ幅寄せしてくるトラック

・脇道から突然飛び出してくる高齢者

・交差点で目の前を急に曲がっていく軽自動車

・滑るマンホールと白線

 

いくら対策しても安全運転を心掛けても、事故を起こしてしまえば馬鹿を見るのはバイクの方だ。相手が100%悪くてもだ!

クルマなら安全性が担保されている訳ではないし、新幹線なら100%安全な訳でもない。

しかしバイクの安全性は、乗り手の意識やテクニックだけではどうにもならないことがあるのは間違いない。

 

 

買っても乗らない?

クルマを持ちながらバイクに乗るということがこれほど難しいとは、若い頃は想像もしなかった。

クルマを所有していなかった頃、何処に行くにもバイクだった。

今なら躊躇してしまうような暑さや寒さ、なんだったら台風の日ですらバイク一筋だ。

過酷な環境下でバイクに乗り続けたおかげか、バイクに乗ることの楽しさや喜びを知った。

 

しかし、それも今は昔

 

・暑すぎてヘルメット被りたくない

・防寒着を着込むの面倒くさい

・雨が降りそう

・体調が優れない

・なんとなく気分が乗らない

 

そんな他愛もない理由をつけては、バイクに乗ることから遠のいた。

気がつけば「あまり乗らないのに維持費だけ掛かるのは勿体ない」なんて、手放す理由探しばかりだ。

 

 

乗り続ける為に何が必要なのか?

乗り続ける理由を探している時点で、バイク乗りとしては失格だ。

 

・バイクの利便性

・バイクの維持費の安さ(クルマなし)

・バイクの楽しさ

・バイクに乗る格好良さ

 

バイクを選ぶことで得られる利益と、選ばないことで得られる利益を天秤にかけるようになったらダメだろう。

 

バイクに乗り続けるには「情熱が必要」とよく言われる。

では、情熱とはなんなのだ?

 

・常にバイクに乗りたいという気持ち?

・バイク一筋!クルマなんて要らない?

・俺一生バイク乗るわ!という決意?

 

アレコレ考え過ぎるようになったのは、年齢のせいなのか。これではいつまで経ってもバイクに乗れる日は訪れない。

 

・アクセルを捻れば、好きな場所連れて行ってくれたバイク。

・五感で自然を感じ、細胞が蘇る感覚を覚えたバイク

・過酷な状況を超えた先にある、喜びを教えてくれたバイク

 

過去を美化するのは人の性。

バイクしか無かったあの頃とは違う今、バイクに乗り続ける理由を探し続けている。

 

 

夏だ!暑い!バイク熱が冷めてきた?【バイクの体感温度】

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リターンライダーを目指して、うだうだ悩むおっさんず。

「あんなバイクも良いなぁ」

「ヘルメットはどれにしよう」

「こんな所に行きてぇ〜」

あれこれバイクがある生活を妄想。そんな時間が1番楽しいのかも知れない😅

 

そんなおっさんずも、最近バイク妄想が減ってきた🤔

はじめはバイク熱が醒めたのかとも思ったが、茹だる様な夏の暑さが原因だった。

 

 

過ぎたるは及ばざるが如し

茹だるような暑さも凍てつくような寒さも、決して嫌いではない。

照り返るアスファルトを走るからこそ、より木陰の涼しさを感じるし、キンと冷えた空気の中を走るからこそ、よりホットコーヒーの旨さを感じることが出来るから・・・

 

でも

暑過ぎるのも寒過ぎるのもホントは嫌‼️🤣

 

バイクに乗ったことがない人から言わせると、風を切るバイクは涼しそうに見えるらしい。

さすがに冬場は寒そうに見えるらしいが・・・

 

実は、それ違うのよね😅

 

股下のエンジンの熱気とアスファルトの照り返しで、バイクの上は灼熱地獄!

クソ暑い日にバイクに乗ろうなんて、狂気の沙汰!最近の行き過ぎた酷暑は半端ない🤣

 

 

バイク乗りの実際の体感温度

バイク乗りが感じる温度は2種類。「走っている時」と「止まっている時」。

バイクに乗らない日々を過ごして、かれこれ5年になるだろうか。

バイクで走っている時の爽快感を忘れかけている・・・

 

連日、こうも暑いとバイクに乗りたいという気が削がれていく。

バイクに乗っていない自分にとっては、現実の体感温度がリアルだからだ。

 

バイクに乗っていた頃は、走り出してしまえば「うだるような暑さ」も「滅入った気持ち」も吹き飛ばしてくれたのに、今はただの記憶でしかない。

またバイクに乗れば思い出すのだろうか・・・

バイク乗りが感じる温度

風を受けた身体が感じる体感温度は、風速1m/sの風を受けると1℃下がる。

風速m/s=時速÷3.6

時速36kmで走行した場合、外気温が10℃なら体感温度は0℃!クソ寒いわけだ💦

バイクでの平均速度が50kmなら、風速13.9m/sの風を受けるので体感温度はマイナス14℃。

これなら外気温が35℃でも21℃だから快適だ!

スピードを上げれば更に体感温度は下がり、外気温が40℃でも時速100㎞なら18℃と快適な温度に変わる。

もちろん時速100kmで走っていればだが・・・

 

夏場のバイクは走っていないと地獄だ。

停車してしまえば、エンジンの熱気とアスファルトの照り返しで、外気温が30℃くらいでも体感温度は40℃を超えてしまう。

外気温が30℃を超えたらバイクに乗る気持ちが失せるのも仕方がない。

 

 

夏はやっぱり・・・🤣

エアコンが効いたクルマが最高‼️

なんだかんだ言っても歳には敵わない😭

 

そもそもリターンライダーになろうとする季節は毎年同じ時期。

初春から初夏にかけて、残暑が終わる初秋から初冬にかけてが最高潮!

 

バイクが1番気持ち良い季節になるとバイク熱は盛り上がりを見せ、勢い余って何台バイクを買ったことか!🤣

 

バイク購入は、勢いがないと踏ん切りがつかない乗り物とはいえ、今年もよくよく熟考して検討していこうと思う。

 

【バイク乗りの決断】リターンライダーになるなら「たら・れば」は不要

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バイクに乗りたいなら「たら・れば」は要らない。

「子供が自立したら

「お金を貯めていれば

「出来ないストーリー」を語るのは簡単だ。バイクに乗ることに関しても同じことが云える。

リターンライダーを目指すなら言い訳を止めて、今出来る事をやるべきだ。

 

 

世の中「たら・れば」が溢れてる

「もっと勉強していたら

「あの娘と結婚していれば

世の中そんな「たら・れば族」で溢れ返っている。

確かに、あの時「あっちを選択してれば」、「こうしていれば」と過去を悔むことはあるだろう。

人はいつも最善を選択したがるからだ。

しかし、あの時の選択がベストであったかどうかなんて誰にも分からないし、現在だから云える結果論でしかない。

 

例えば、25歳の時に転職の機会が訪れたとしよう。

現在は公務員で、転職先はやりたいと思っていた外車販売の営業職。まったく畑違い業種にどちらを選ぶか頭を悩ませる。

①「仕事に安定を求めるなら公務員」

②「やりがいと高収入を選ぶなら営業職」

おそらくそんな未来を想像して選択するはずだ。

10年後の「たら・れば」

①営業職を選んだあなたは「あの時、公務員を選んでいればリストラされなかったのに」

②公務員を選んだあなたは「あの時、営業職を選んでいたらもっと稼げたのに」

どちらを選んでも「たられば族」は言い訳ばかりだ。

 

「たら・れば」は現在の不満足がもたらすイクスキューズだ。

「たられば族」は変えられない過去を悔み、現在を悲観して未来の可能性を削いでいる。

そんな思考では「幸せな人生」はもとより、リターンライダーになることすらままならないだろう。

 

 

バイクに乗れない「たら・れば」

リターンライダーを目指す人間の「たら・れば」は、バイクに乗れない事に対する言い訳だ。

バイクに乗れない「現在」を悲観してばかりいても、リターンライダーになることは出来ない。

自分ではもっともな理由(言い訳)と考えているだろうが、ただの「現在」に対する不満だ。

乗れない理由

・子供がいるから

「子供が学生を生活を卒業したら・・・」

・家のローンがあるから

「家のローンの支払いが終わったら・・・」

・家族や嫁が反対するから

「以前バイクでコケていなければ・・・」

・お金が無いから

「5年間バイク貯金をしていれば・・・」

 

 

「たら・れば」対策

「たら・れば」と言い訳する理由は簡単だ。

満足出来ない現在の自分を、過去の自分のせいにして今の自分を正当化したいのだ。

しかしよく考えて欲しい。過去を「あーだこーだ」言っている人に、「未来」を変えるために「現在」を努力している人がいるだろうか?

 

今の生活や環境に満足している人間は、過去を悔やんだりしない。

過去は変えられず、変えられるのは未来だけと知っているからだ。

 

「たら・れば」対策は簡単なことだ。

「言い訳せずに、今を努力して明日を変えろ!」

「たら・れば」が出そうになった時にやれる事は、たったこれだけなのだ。

 

 

「でも」肯定語で進め!

「たら・れば」と言ってしまったら、その後に「でも」を付けて肯定しよう。

「たら・れば」の後は決まって言い訳だ。しかしその後に「でも」◯◯だ。と最初の言い訳を打ち消せすような肯定的な言葉を付ければ、未来を良い方向に変えることが出来る。

 

「お金を貯めていれば今ごろはバイクが買えた。でも今はバイクを買うために毎月1万円貯金している」

どうだろうか?バイクを買えない理由「貯金してこなかった過去の自分」を否定した前文を、「現在は未来に向けて前向きに行動している」と現在を肯定する後文が打ち消し、ポジティブシンキングになっているはずだ。

 

人間は基本的に「ネガティブ思考」が得意だ。反省と後悔が好きなのだ。

今までの行動様式・思考様式のまま生きる方が楽だからだ。

しかし、リターンライダーになりたいなら「努力すべき今」と、「変えられる明日」に目を向けなければ、いつまで経ってもバイク乗りにはなれない。

 

リターンライダーを目指すならまずは「たら・れば」を無くすことから始めてみよう。

 

 

カウント8から立ち上がれ【リターンライダーの試合はこれからだ】

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「バイクに乗るなら今だ!」

カウントエイトまでにファイティングポーズが取れないなら、ボクシングもリターンライダーもTKO負けだ。

 

「向こう側」に渡り切れず、「向こう側」と「こちら側」の狭間で悩み続けるのは当然の事。

バイク乗りに戻るのは簡単なように見えて相応の覚悟がいるからだ。

しかし、自分のカウントがあとどのくらい残されているかは知らなければならない。バイクに乗れる時間は有限だからだ。

 

 

カウント8からが勝負

ボクシングではカウント8までにファイティングポーズを取れば試合は続行される。リターンライダーもカウント8までにバイクの乗れるかが勝負だ。

カウント8までに立ち上がれるかどうかは年齢との戦いだ

 

バイク乗りのTKO負け判定基準は・身体的運動能力・認知能力だ。

この2つは気持ちだけではどうにもならない。

TKO負けになりたくなければ、カウント8までに立ち上がるか自らの肉体を鍛え続けるしかない。

リターンライダーに残された時間は長くない。

立ち上がるなら今だ。

 

 

TKO負けでも道はある

カウント8でファイティングポーズが取なければTKO負け。それでもバイクに乗る道はある。

望んでいた翼でなくても良いならばだ。

 

バイクはその種類で、翼と道具に分けられる。その境目は体感スピードだ。恐怖を感じない程度の加速なら翼とは呼べない。

体感スピードとは絶対スピードのことではない。時速40㎞でも恐怖を感じるならそれは翼だし、時速100㎞でも安全しか感じないならそれは道具だ。安全を求めながら恐怖と戦うことを望むのだから矛盾している。

 

カウント10でTKO負けしたなら選ぶバイクは道具としてのそれしかない。TKO負けしたのに翼を手にするのは危険だからだ。

自分がコントロール出来るレベルのバイクしか選べないという事だ。

 

排気量はその選択における重要なファクターとなる。

必ずしも排気量=体感スピードではないが、排気量が小さい方が相対的に恐怖は感じにくい。

 

誤解して欲しくないのは小排気量=安全ではない。むしろ事故率は50ccクラスの方が高い傾向にある。

にも関わらずTKO負けした人に小排気量を勧める理由は・身体的運動能力・認知能力が低下した時は、不本意であっても見合ったバイクを選ぶしかないからだ。

 

カウント8までにファイティングポーズを取れない人は、お気に入りの翼はもう得られないということだ。

 

 

レフリーストップが入ったら

「バイクって良いよね」と云う人は結構いるが、家族で誰がが乗りたいと言い出した途端に掌を返すものだ。

事故や怪我の心配をするのはごもっとも、他人が乗るのと大事な人が乗るとでは意味が違うのだろう。

 

家族のレフリーストップで1番厄介なのは、反対してる人が財布の紐を握っている場合だ。

往々にして奥さんである事が多い。機嫌を取りながら時間を掛けて交渉するしかない。

 

なので・・・

 

基本、バイクは黙って買う

これならレフリーストップも関係ないだろう😎奥さんが反対しようが買ったもの勝ち。

まさか「返品して来なさい」とは言われないからだ(笑)

 

 

いざファイト!

さあ、気持ちがまとまったら次の休みにはバイク屋に足を運んでみよう。

まるで自分を待っていてくれたかのような1台に出会えるはずだ。

それは原付かもしれないしリッターオーバーのバケモノかも知れないが、ときめいた相手が運命のバイクだ。

 

多少の不満は惚れてしまえば「あばたもえくぼ」「ハゲも3年気付かない」だ。いつの間にか欠点も愛嬌に変わるだろう。

 

「何にしてもバイクとは良いものだ」

この気持ちは乗ったことのある人間なら分かるはずだ。

 

 

「俺、一生バイク乗るわ!」9割以上が降りた【バイクに乗り続ける難しさ】

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「俺、一生バイクに乗るわ!」

若い頃そんな台詞を言った記憶がある。

 

気がつけば乗ったり降りたりの【にわかバイク乗り】になっていた自分にガッカリだ。周りを見渡してもあの頃の仲間は「良き父親」になっている。

 

「一生バイクに乗り続ける」

それが簡単でない事を9割以上の降りたバイク乗りは知っている。

 

 

降りた理由は後付け

「お金がない」「子供が出来た」「バイクは危ない」理由は色々あるだろうが【バイクが面白くなくなった】が本音だろう。

乗り始めた頃の「煌めき」が薄れ、バイクを道具と見始めたらお終いだ。バイクに乗り続けるには【心の若さ】が必要だからだ。

 

若さ故の幻想

若さとは年齢だけを指すのではない。初めてバイクに乗ったのが40代なら40歳でも若いのだ。乗り始めのワクワクやドキドキを感じる感性が若さなのだ。

 

乗り始めの頃が1番楽しい。空も太陽の色もクルマとは明らかに違うからだ。

体一杯に浴びる風は季節の匂いを連れて来て、その瞬間を感じ取れた人間だけが「俺、バイク一生乗るわ」と宣言するのかも知れない。年齢ではなく心の若さがそう言わせるのだろう。

何年か後に「そんな台詞を言ってたな」と懐かしむにも拘らずだ。

 

まったく若さとは思い込みなのだろう。

 

 

苔生すバイク乗り

若さ故でも「煌く世界」を見た人間は知っている。バイクで心が解放された人間にしか分からない。「煌めき」を感じることが出来る人間はごく一部だろう。

 

歳を重ねる毎にその感覚は薄れてくる。バイクを降りると尚更だ。読み手を失った本に、埃が薄っすら被るように心に降り積もるのだ。

いくら振り払っても心が動かなければ感性も鈍くなる。バイクを降りることはそういうことなのだ。

 

バイクに乗れば振り払えるのだろうか。

 

 

「煌めきよ」もう一度

リターンライダーが思い返したように「バイク魂」が再燃するのはそう云う訳だ。

心に降り積もった埃を振り払いたいのだ。若さを取り戻したいのだ。

もう一度バイクに乗ったら「煌めき」を取り戻せると思っている。

果たしてあの頃の感覚は取り戻せるのだろうか。煌めきを取り戻したいと願うのはリターンライダーの特徴だ。

 

リターンライダーは不名誉な呼び名だ。1度は「向こう側」に渡ったくせにまた「こっち側」に憧れつつ渡ってこない。どっち付かずなバイク乗りを指すからだ。

 

「あの頃の煌めきよもう一度」

そう思うなら再び乗る決意も大事だが、今度こそ降りない決意もするべきだ。

 

 

「俺は生涯バイク乗り」と言いたい

バイクを降りた「こちら側」から、乗り続けている「向こう側」を見ると羨ましく感じる。

バイク乗りだった頃、乗り続ける「こちら側」から、降りた「向こう側」を見ても羨ましいとは思わなかった。

 

今、自分はバイク乗りから見た「向こう側」に立っている。

「俺、一生バイク乗るわ!」と言って27回目の夏が来る。

 

あと何回の夏を迎えられるか分からないが、人生最後の日には

「俺、生涯バイク乗りだったわ!」

と言えるようになりたい。

 

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「死んだらダメよ」人生は一度きり【リターンライダーを再決意した理由】

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「明日死ぬなら今日後悔しないことをやれ」そんな言葉を最近耳にした。

 

明日死ぬとしたら会社には行かない。そう思ったら「俺何してるんだ?」に変わってからの「またバイク乗ってみるか・・・」に突然変異した。

 

私の心は【バイクに乗る】選択肢を選びたがっているようだ。

 

 

人生一度きりだからこそ乗らない選択もある

バイクの怖さは【死ぬこと】【死ねないこと】の2つだ。

【死ぬこと】は事故でそのままお迎えが来ることだが、【死ねないこと】は後遺症で身動きが取れなくなったり手足を失うことである。

 

一度きりの人生だからこそバイクに乗る選択もあるが、乗らない選択もある。

どちらを選ぶにしても【やった後悔】【やらなかった後悔】のせめぎ合いだ。

選ぶ基準は「何を得るか」だ。乗っても乗らなくても後悔するならそれがランドマークになる。

 

人生には取捨選択が付き纏う。何かを手に入れれば何かを失うのは古今東西共通だろう。

 

「バイクに乗るという事は・・・」

深過ぎて今はまだ決められそうもない。

 

 

明日死ぬなら今日何をして過ごす?

よくある質問に対してよくある答え

・家族や愛する人と過ごす

・好きなモノを好きなだけ食べる

・好きな場所へ出掛ける

バイク乗りなら「バイクで走る」と言うところだ。明日死ぬなら今日死んでも後悔しないし、死にきれなくても1日くらきなら我慢出来そうだからだ。

 

 

ビビリミッター発動中

なんのことはない。事故が怖いのだ。事故によって自分と家族の人生が壊れることが怖いのだ。

 

バイクに乗らなければ不幸が訪れない訳ではない。そんな保証は誰にも出来ない。

明日には自動車事故で死ぬかも知れないし、死に切れないかも知れない。にも関わらず、バイクに乗る怖さは一体何だと云うのだ。

 

ビビリミッターの解除法

明日病気で【死ぬ】、【死に切れない】状況にならないとなぜ思えるのか?今日健康でも明日体調崩して病気が発覚することはよくある話だ。

 

確率の問題なのか?バイクの事故率と車の事故率を比較して危ないと判断するなら、初めて乗った飛行機で墜落事故に見舞われた人は「運が悪かった」では説明がつかない。

 

結局のところ、自分の経験が「バイクは危ない」と判断しているだけだ。一般論でも確率でもなく自分の脳が「バイクは危ないよ〜」と言っているのだ。

これを本能と捉えるのかトラウマと云うのかは知らないが、バイクに乗ることをビビっているだけである。

「ビビリミッターを解除出来るのは自分しかいないのだ」

 

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リターンライダー「バイクに乗るのが怖い」それでも乗りたいと思うのはクレイジー?

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バイクに乗らなくなった理由が「バイクが怖くなった」

そんな人はいませんか?

 

「その感覚は正常です」

何故なら、バイクは怖い乗り物だからです。

むしろ、あなたは危険察知能力を持っている証拠です。

 

怖いと分かっていて「それでも乗りたい」と思うのはイカれています。

もはやマゾヒストか自殺願望者です🤣

 

 

バイクが怖いと思う理由

バイクが怖いのは、過去に事故やケガなどを経験したからでは?

バイクに乗り続けると1度や2度くらい「死んだかもしれない」という経験をします。

 

致命傷を負ったり命を失わなかったので、バイクは怖い乗り物と気付いたのでは?

 

致命傷を負ったり命を失っていたらバイクの話を口にするのも憚られます。

 

「死んだかもしれない」経験は笑い話になります。人は「死んでもおかしくない」状況から運良く回避出来た時に何故か笑ってしまいます。

また、自分の強運ぶりを誇らしげに笑い話として話さずにはいられないのです。

 

しかし、「死んでいたかもしれない」経験は、時間が経つにつれ「事故の光景」が、フラッシュバックのように蘇り「アクセルを開ける瞬間」、「コーナーでのバンク中」、「高速道路でメーターを見た時」ふと頭をよぎるのです。

 

それが「バイクが怖い」理由の正体です。

 

いつしかそれは「バイクに乗る前に」変わり、その恐怖によってバイクから遠ざかるようなるのです。

 

 

怖いもの見たさとバイクを一緒にするな!

危ないと分かっているのに、手を出してしまうのはクレイジーです🤣

 

危険も顧みず怖いもの見たさで手を出すのは人の性なんですかね。

バイク以外の危ない体験

・スカイダイビング

・バンジージャンプ

・ギャンブル

・ドラック

・心霊スポット巡礼

 

世の中には「取り返しがつく危ない体験」と、「取り返しがつかない危ない体験」があります。

 

バイクは後者です。

 

ドラッグと一緒です。一度手を出したら最後です。いつの間にかハマって抜け出せなくなります。「バイクに乗らなければもっとマシな人生だった」そんな台詞を言う人はバイクに乗るべきではありません。

 

 

バイクの本当の危険性

バイクが危険な理由は、むき出しの身体が晒されてることです。転倒した時の致命傷への繋がりやすさは、陸上の乗り物ではナンバー1でしょう。

 

プロテクターコテコテのアーマースーツやツナギを着たところで変わりません。「しないよりはした方がマシ」くらいのレベルです。時速100㎞オーバーで転倒したらひとたまりもありません。堅強で優れたプロテクターをしたとしてもです。

 

飛行機の事故率は1,000万分の1とも何百万分の1とも言われています。

クルマよりも安全とよく謳われています。しかし、墜落してしまえば死亡率の高さはダントツでしょう。

 

バイクの危険さもこれと同じです。事故率ではなく死亡率や重症率が高いのです。

コケたら「致命傷か死か」これがバイクの本当の怖さです。

 

 それでもバイクに乗る人はやっぱりクレイジー

バイクは必ず転倒します。タイヤが2本しかないからです。

いくらバランス感覚に優れていようが、安全運転を心がけていようがコケます。

やっぱり危険を承知でバイクに乗る人間はクレイジーです🤣

 

過去に事故経験があろうがバイクの死亡率や重症率を知っていようが、バイク乗りにそんな事は問題ではありません。

 

長年バイクに乗り続けているバイクをこよなく愛するバイク乗りは知っています。

「バイクじゃなきゃダメなんだ」頭じゃなくて身体が覚えているんです。

 

バイク乗りにいくらバイクの危険性を説いても無駄です。

「危ないからバイクなんだよ」と言えるバイク乗りはやはりクレイジーです。頭のネジが2~3本飛んでないと、そんな危ない乗り物には乗らないからです。

 

 

最後に

自分は「やっぱりイカれている」と思った人は、リターンライダーになる事を悩む必要はありません。明日にでもバイクを買いに行きましょう。

「バイクに乗るのはイカれている」と思った人は正常です。

リターンライダーになるか悩んでいるなら今はその時ではありません。

時が熟すのを待つか、思い切って「向こう側」に渡り切ってしまいましょう。

バイクが無い世界で普通に生きる方が賢明です。

 

私のように「向こう側」「こっち側」を行ったり来たりしている人も今はその時ではありません。

「乗れない理由」が解消するまでバイクに乗るのは止めましょう。無理は禁物です。

 

時には勢いも大事です。

しかし、「乗れない理由」を消化出来ずにバイクを購入してもすぐに手放してしまいます。

高いお金を払ってバイクを買うなら一生乗り続けたくありませんか?

 

 「いつか必ずまたバイクに乗る」

その気持ちが失せない限り、必ずその時は訪れます。バイクに乗れるチャンスは1度だけではありません。焦らずに機が熟すのを待ちましょう。

 

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