「余生短し恋せよバイク」リターンライダー鎮魂歌

リベンジ!「乗るか乗らないか」悩むリターンライダー

「俺、一生バイク乗るわ!」9割以上が降りた【バイクに乗り続ける難しさ】

f:id:ossanzu:20200522141055j:plain

「俺、一生バイクに乗るわ!」

若い頃そんな台詞を言った記憶がある。

 

気がつけば乗ったり降りたりの【にわかバイク乗り】になっていた自分にガッカリだ。周りを見渡してもあの頃の仲間は「良き父親」になっている。

 

「一生バイクに乗り続ける」

それが簡単でない事を9割以上の降りたバイク乗りは知っている。

 

 

降りた理由は後付け

「お金がない」「子供が出来た」「バイクは危ない」理由は色々あるだろうが【バイクが面白くなくなった】が本音だろう。

乗り始めた頃の「煌めき」が薄れ、バイクを道具と見始めたらお終いだ。バイクに乗り続けるには【心の若さ】が必要だからだ。

 

若さ故の幻想

若さとは年齢だけを指すのではない。初めてバイクに乗ったのが40代なら40歳でも若いのだ。乗り始めのワクワクやドキドキを感じる感性が若さなのだ。

 

乗り始めの頃が1番楽しい。空も太陽の色もクルマとは明らかに違うからだ。

体一杯に浴びる風は季節の匂いを連れて来て、その瞬間を感じ取れた人間だけが「俺、バイク一生乗るわ」と宣言するのかも知れない。年齢ではなく心の若さがそう言わせるのだろう。

何年か後に「そんな台詞を言ってたな」と懐かしむにも拘らずだ。

 

まったく若さとは思い込みなのだろう。

 

 

苔生すバイク乗り

若さ故でも「煌く世界」を見た人間は知っている。バイクで心が解放された人間にしか分からない。「煌めき」を感じることが出来る人間はごく一部だろう。

 

歳を重ねる毎にその感覚は薄れてくる。バイクを降りると尚更だ。読み手を失った本に、埃が薄っすら被るように心に降り積もるのだ。

いくら振り払っても心が動かなければ感性も鈍くなる。バイクを降りることはそういうことなのだ。

 

バイクに乗れば振り払えるのだろうか。

 

 

「煌めきよ」もう一度

リターンライダーが思い返したように「バイク魂」が再燃するのはそう云う訳だ。

心に降り積もった埃を振り払いたいのだ。若さを取り戻したいのだ。

もう一度バイクに乗ったら「煌めき」を取り戻せると思っている。

果たしてあの頃の感覚は取り戻せるのだろうか。煌めきを取り戻したいと願うのはリターンライダーの特徴だ。

 

リターンライダーは不名誉な呼び名だ。1度は「向こう側」に渡ったくせにまた「こっち側」に憧れつつ渡ってこない。どっち付かずなバイク乗りを指すからだ。

 

「あの頃の煌めきよもう一度」

そう思うなら再び乗る決意も大事だが、今度こそ降りない決意もするべきだ。

 

 

「俺は生涯バイク乗り」と言いたい

バイクを降りた「こちら側」から、乗り続けている「向こう側」を見ると羨ましく感じる。

バイク乗りだった頃、乗り続ける「こちら側」から、降りた「向こう側」を見ても羨ましいとは思わなかった。

 

今、自分はバイク乗りから見た「向こう側」に立っている。

「俺、一生バイク乗るわ!」と言って27回目の夏が来る。

 

あと何回の夏を迎えられるか分からないが、人生最後の日には

「俺、生涯バイク乗りだったわ!」

と言えるようになりたい。

 

こんな方とつながりたい

・バイクが好きor興味がある

・バイクに乗っているorこれから乗る予定

・リターンライダーorリターンライダー検討中

以上の方は【読者登録】と【ブックマーク】をお願いします↓↓↓