「余生短し恋せよバイク」リターンライダー鎮魂歌

リベンジ!「乗るか乗らないか」悩むリターンライダー

「買うべきか?買わざるべきか?」踏ん切りがつかない【バイク再購入】

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ここ数年、再びバイクを買うべきか買わざるべきか悩んでいる。

ホンダCB1100exを手放してから、かれこれ5年くらい経つだろうか 

 

・買っては売り、売っては買いを繰り返しバイク貧乏。

・体力の衰えから「また乗らなくなるのでは?」

・ケガや死亡リスクが頭をよぎり愉しみ切れない。

 

再びバイクを買っても、これら乗らなくなる連鎖に取り込まれ、また「バイクを手放してしまう」のが怖いのにだ。

 

 

 

バイクはお金が掛かる?

「持つ者」と「持たざる者」で比較するなら、当然バイクはお金が掛かる乗り物。

クルマが必要経費なら、バイクは間違いなく嗜好品費だ。

クルマとバイクのどちらか片方を所有するなら、税金や駐車場代が安い「バイク側」に軍配は上がるが、ほとんどのバイク乗りはクルマも所有している。

生活に必要のない乗り物を所有している時点で、バイクは相対的にお金が掛かると言っても過言ではない。

 

バイクを乗るということは、バイク本体の費用だけでは済まない。

 

・ヘルメットやグローブなどウェア類

・サイドバックやリュックなどデイパック類

・キーホルダーや財布など小物類

・マフラーやハンドルなどカスタム類

 

ヘルメットさえあれば走ることに支障はないが、出来ることならこだわりのギアに身を包んで格好つけたいというもの。

アレコレ揃えていくと、50ccバイクくらいなら簡単に買えてしまう金額になってしまう。

 

とは言え、拘りだしたらキリがないのも「バイク沼」の愉しさだ。

 

 

安全性が担保されてない?

不思議なもので、バイクを降りると「バイクがもたらす喜び」しか思い出さない。

しかし、いざバイクを買って乗り始めると、バイクの安全性の低さにビビってしまう。

 

・じわじわ幅寄せしてくるトラック

・脇道から突然飛び出してくる高齢者

・交差点で目の前を急に曲がっていく軽自動車

・滑るマンホールと白線

 

いくら対策しても安全運転を心掛けても、事故を起こしてしまえば馬鹿を見るのはバイクの方だ。相手が100%悪くてもだ!

クルマなら安全性が担保されている訳ではないし、新幹線なら100%安全な訳でもない。

しかしバイクの安全性は、乗り手の意識やテクニックだけではどうにもならないことがあるのは間違いない。

 

 

買っても乗らない?

クルマを持ちながらバイクに乗るということがこれほど難しいとは、若い頃は想像もしなかった。

クルマを所有していなかった頃、何処に行くにもバイクだった。

今なら躊躇してしまうような暑さや寒さ、なんだったら台風の日ですらバイク一筋だ。

過酷な環境下でバイクに乗り続けたおかげか、バイクに乗ることの楽しさや喜びを知った。

 

しかし、それも今は昔

 

・暑すぎてヘルメット被りたくない

・防寒着を着込むの面倒くさい

・雨が降りそう

・体調が優れない

・なんとなく気分が乗らない

 

そんな他愛もない理由をつけては、バイクに乗ることから遠のいた。

気がつけば「あまり乗らないのに維持費だけ掛かるのは勿体ない」なんて、手放す理由探しばかりだ。

 

 

乗り続ける為に何が必要なのか?

乗り続ける理由を探している時点で、バイク乗りとしては失格だ。

 

・バイクの利便性

・バイクの維持費の安さ(クルマなし)

・バイクの楽しさ

・バイクに乗る格好良さ

 

バイクを選ぶことで得られる利益と、選ばないことで得られる利益を天秤にかけるようになったらダメだろう。

 

バイクに乗り続けるには「情熱が必要」とよく言われる。

では、情熱とはなんなのだ?

 

・常にバイクに乗りたいという気持ち?

・バイク一筋!クルマなんて要らない?

・俺一生バイク乗るわ!という決意?

 

アレコレ考え過ぎるようになったのは、年齢のせいなのか。これではいつまで経ってもバイクに乗れる日は訪れない。

 

・アクセルを捻れば、好きな場所連れて行ってくれたバイク。

・五感で自然を感じ、細胞が蘇る感覚を覚えたバイク

・過酷な状況を超えた先にある、喜びを教えてくれたバイク

 

過去を美化するのは人の性。

バイクしか無かったあの頃とは違う今、バイクに乗り続ける理由を探し続けている。